生前贈与について

DIE WITH ZEROの考え方──
 お金と時間の最適な使い方を考える

 直訳すると、ゼロで死ね。何もなしで死ぬ、なんとも刺激的な標題です。

 近年、「DIE WITH ZERO(ダイ・ウィズ・ゼロ)」という考え方が注目を集めています。これは、ビル・パーキンス氏が提唱したもので、人生の終わりにお金を残し過ぎるよりも、「経験への投資」を重視し、限りある時間をより豊かに生きることを目的とする生き方です。
 じゃんじゃんお金を使ってしまえという消費礼賛ではなく、人生全体を見通しながら、時間と資産をどのように配分するかという極めて合理的な考え方で、終活や相続を支援する立場からみても、示唆に富んだ哲学といえます。

 この本の重要なポイントは、「人生には賞味期限がある」という視点です。
 昔のときと今のときの感じ方が違って驚いたことがありませんか。同じ旅行でも、30代に行く経験と70代で行く経験はまったく異なります。
 体力や好奇心、家族構成、仕事との調整能力などは年齢によって変化し、同じ行為でも得られる満足度は大きく異なります。だからこそ、「やりたいことの最適なタイミング」を見極め、経験を意図的に積み重ねていくことが重要です。

 お金について、著者は「お金は時間を買うためのツールにすぎない」と述べます。たくさんのお金を残すこと、蓄財は否定されませんが、生涯を通じて資産曲線をどのように設計し、どのタイミングで投資・消費・贈与を行うかが大切です。
 老後資金や介護費用を適切に準備したうえで、過剰な貯蓄に偏り過ぎないというバランス感覚を求めるものです。

 法律実務の現場においても、似た課題に直面します。
 例えば、相続争いの背景には「お金を残すこと」自体が目的化し、本人が人生を十分に楽しめないまま亡くなるケースが少なくありません。
 その一方で、使い過ぎてしまい、老後に困窮する例もあります。「DIE WITH ZERO」の視点は、人生の満足と将来の備えをどのように両立させるかという課題に、一定の方向性を示してくれます。
 さらに、この思想は「生前贈与」の考え方にも影響を及ぼします。

 子どもがもっとも必要とするのは、往々にして親が80歳を過ぎてからではありません。教育費、住宅取得、子育て——つまり人生の早い段階で支援がある方が実質的な価値は高い。著者はこれを「経験の最大化」と表現します。
 60歳になってから親から相続で財産を渡されるよりも、感受性に富んだ20代の頃に、海外旅行を体験するなどをしたほうが、よほど人生が豊かになります。
 子供たちが若い頃に財産を渡すのは、近年の税制改正で注目されている贈与の考え方とも相通じ、合理的な資産移転の一つの形といえます。

 結局のところ、「DIE WITH ZERO」は、人が「何のために生きるのか」という根源的な問いに対する一つの答えです。
 人生の終わりに後悔しないためには、適切な時期に経験を積み、資産を管理し、必要な人に必要な支援を行うことが欠かせません。その意味で、この考え方は終活・相続だけでなく、日々の働き方、家族関係、健康管理に至るまで幅広い示唆を含んでいます。

 人生には限りがあります。だからこそ、時間もお金も使いどころを誤らず、今という瞬間を丁寧に積み重ねることが重要です。「いつかやろう」ではなく、「今やる」。その積み重ねこそが、豊かな人生をつくるといえます。

 私たちの事務所は、単なる遺言書作りのお手伝いをするのではありません。
 一度しかない人生をしっかりと自分らしく生きるためのお手伝いをしたいのです。
 そういう気持ちで毎日精進させていただいております。